歴史ブログ

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司法制度(裁判)の歴史

カルロス・ゴーン日産自動車会長がレバノンに逃亡し、そこで日本の司法制度の批判をしました。彼の密出国は認められるものではないと思いますが、日本の司法制度に課題があるということはニュースでもよく取り上げられています。今回はその司法制度について書きたいと思います。

近代以前

原始の時代では神を崇める慣習から占いや呪術による裁き、古代から中世では領主等が裁判官となり、近世では武士が裁判を取り仕切り奉行所で裁きが行われていました。そこから見えてくるのは、裁きをするのはあくまで支配者であったということです。

近代から終戦

当時は天皇を中心とした国家を進めているので、司法制度も天皇の名の下で行われていました。菊のご紋(天皇家の紋章)の威を借りた判事や警察官が拷問当然の裁判を進めることもあったようです。そこは近代以前と同じく支配者が裁くという仕組みになっていたようです。
そのような中、この時代に陪審員制があったということは書いておきたいと思います。1928年(昭和3年)から1943年(昭和18年)までの15年間、直接国税3円以上を納めている男性などの要件や陪審の評決が裁判官を拘束しない制限はありましたが、国民が司法に関わることはできたようです。

現代

1946年(昭和21年)に日本国憲法が公布され、天皇主権から国民主権に変わりました。
司法制度も主権者である国民の利益・権益を守るため、例えば最高裁判所裁判官の国民審査や裁判官弾劾の制度が取り入れられています。主権者である国民の利益を守るために様々な制度があるということです。
さて、見てきたように裁判はその時代の支配者・主権者が自己に利益をもたらす様にしてきた歴史的な特徴があると見ています。今は国民主権に基づく仕組みはできていても、司法制度に関わる人の中には前時代的な感覚が残っているのかもしれないのでしょうか。そのことがゴーン被告の批判につながるとも思えます。